野本さんは「作りたい女と食べたい女」の夢を見るか?

「作りたい女と食べたい女」という漫画がある。

タイトル通り「作りたい女・野本さん」と「食べたい女・春日さん」の物語である。

途中で「作りたくない女・矢子さん」と「食べたくない女・南雲さん」も登場し、なんだかんだで4人でつるんでいる。

現在52話まで公開されており、最近は料理好き設定の野本さんが料理をしないことが増え、食べたくなかった南雲さんは食べるようになった。春日さんは相変わらずよく食べている。矢子さんのことは、よく分からない。

私はこの漫画のことを、野本さんが見ている夢なのではないかと考えている。

野本さんが「こうだったらいいな〜」と思ってることが夢として現れている、そんな気持ちで読んでいる。

野本さんが作り過ぎた料理を持て余していた際、それを食べてくれそうな人が現れたところから物語は始まる。野本さんが住むアパートの隣の隣の部屋の住人・春日さんとの交流の始まりである。

野本さんは大変衝動性の強い人である。イライラすると無意識に自分では食べ切れない量の料理を作ってしまう。矢子さんの家に初めて泊まった翌朝には、矢子さん宅の台所を漁り買い置きの食材を遠慮なく使って朝食にしていた。春日さんが食べようとしていたマシュマロや袋ラーメンを横から取って自分の作りたいものを作ったこともある。

これをやったらどうなるか・相手に何て思われるかなんて考えない。思いついたら矢も盾もたまらず実行に移す。夢でなければドン引きされてもしょうがない行為だが、夢なので大丈夫。料理上手で気遣い上手でお酒を飲むと寝てしまう可愛いキャラとして他の3人に愛されている。

夢の中の野本さんはときどき、春日さんになりたくて春日さんになってみたりする。ご飯をいっぱい食べられて嬉しい。集合住宅でどすどす足音を立てても、お客様の前で我先に意地汚くガツガツ食べても怒られない。むしろ喜ばれる。家族の不満を言いたくなったら春日さんになる。

南雲さんにもなってみたりする。南雲さんになってみたものの、野本さんは「食べたくない」が分からずだいぶ迷走してしまったようだ。最終的に大量の唐揚げをモリモリ揚げてモリモリ食べるキャラに収まる。女子コミュニティの愚痴をこぼしたくなったら南雲さんになる。

矢子さんには多分、なったことがない。

個人の脳みそには限界があるので、当然のこととして描写が細かい箇所と粗い箇所がある。リアルなところはやけにリアルで、粗い箇所はもや〜っとしている。料理の作り方とか、ちょっとした画がなんかおかしいとか、会話が噛み合ってないとか、店員さんは多分そんなこと言わないとか、奇妙な描写がちょいちょいある。そんなところも夢っぽい。

夢であれば無双しても良さそうなものだけど、夢の中の野本さんは、どうも職場や学校で周りに馴染めていない/馴染めていなかった様子が見受けられる。春日さんと出会うまで、プライベートで遊ぶ人がいなかったふしもある。野本さんの衝動性や周囲への気遣いのなさ、意外と内弁慶な性格を考えるとむべなるかなと思うが、そういうことではないらしい。一般ピーポーには迎合しない気概を表している、という可能性が高い。

夢ではないリアルな野本さんはどんな人なのか。

想像だけど、多分日常的に料理はしていない。あまり外に出て人に会ったりもしていなさそう。他人と話し合うのは苦手だけど、snsで発言するのは好きっぽい。体型は、どちらかというと春日さん寄りかもしれないと思う。

(余談だが、野本さんを見ていると、映画「千と千尋の神隠し」の坊の台詞を思い出す。おんもは怖いところなんだよ。野本さんも、外の世界を怖いものと感じているように見える)

家は、これまた想像だけど、実家で親御さんと一緒に住んでいて、足音がうるさいこととか食事をガツガツ食べることを注意されたり、生活費や光熱費を入れて欲しいと言われたりすることを疎み、一人暮らしがしたいなぁと思っている。ときどき、家の食材を勝手に使ってお母さんに怒られたり、嫌いな食べ物を残して困らせたりなんてこともあったかもしれない。親なんて面倒くさいと言いながら、ママ、ママ、とめいっぱい甘え、親御さんが買って来たはらこ飯をしっかり頬張っている姿を想像する。

そして今夜も野本さんは夢を見る。夢の中では、どんな手順で作られたかよく分からない料理を得意顔で振る舞う野本さんに、他の3人がすごいすごいと惜しみない賞賛の声を捧げる。3人は、野本さんが誰かの言葉に繊細に傷付いたときには、代わりに怒ってもくれる。

自分が作り出した夢の世界に耽溺する野本さん。こんな居心地の良い世界に水を差す輩を、野本さんは決して許さない。憎い人間を醜い姿に象った人形を磔台に縛りつけ、さあ石を投げよと夢の住人たちを扇動する。その顔に浮かんだ笑みはどんなものだったか。夢の中なので分からない。